パトゥムターニー

โกโกโกโก…

パトゥムターニー——水面に浮かぶ『蓮の郷』

ปทุมธานีpà-thum-thaa-nii

パトゥムターニー——水面に浮かぶ『蓮の郷』

バンコクの北、平坦な大地に水路が縦横に走り、その水面に無数の蓮が花開く——ここが、ปทุมธานี/パトゥムターニー(pà-thum-thaa-nii)である。

「パトゥム」とは、蓮を意味する言葉。つまりこの県の名は、そのまま『蓮の都』を指すのだ。かつて水牛が泥をかき、農民が汗を流したこの湿潤な大地は今、大学と巨大寺院と遊園地が同居する、奇妙にして活気あふれる『若き挑戦の地』へと姿を変えたのだッ!

この地の『魅力』

この地を訪れる者がまず圧倒されるのは、その『規模』である。ワット・プラ・タンマガーイ——巨大なUFOのような黄金のドーム型仏塔を持つこの寺院は、数十万人を収容する現代タイ最大級の宗教施設だ。整然と並ぶ無数の黄金仏と、瞑想する信者の群れ。その光景は荘厳を通り越して、もはや『畏怖』の領域に達している。ゴゴゴゴ……。

一方、ランシット地区に足を運べば、そこはまるで別の惑星。巨大ショッピングモール「フューチャーパーク・ランシット」がそびえ、若者たちが行き交う。そしてタイ屈指の遊園地「ドリームワールド」では、絶叫マシンの悲鳴が空にこだまする。信仰の静寂と、娯楽の狂騒。この振れ幅こそ、パトゥムターニーの正体だ。

食——胃袋の戦い

大学街を抱えるこの地の食は、若く、安く、そして熱い。学生たちの胃袋を支える食堂街には、一皿数十バーツで腹を満たす『庶民の英雄たち』がひしめいている。

川と水路の恵みを受けたこの地では、川エビや川魚の料理が豊か。特に炭火で豪快に焼いた巨大な川エビ「クン・パオ」は、身がぷりぷりと弾け、味噌が濃厚に溶け出す絶品だ。ここで覚えておきたい一語——อร่อย/à-rɔ̀i(アロイ=おいしい)。頬を緩ませてこう呟けば、それだけで食卓は幸福に満ちる。

蓮の郷らしく、蓮の実や蓮の茎を使った素朴な料理、蓮の葉に包んで蒸した「カオホーバイブア」も見逃せない。自然の恵みが、そのまま皿の上に咲いている。

文化——受け継がれし魂

パトゥムターニーの文化の根には、モン族の血が流れている。数百年前、ビルマから逃れてこの地に根を下ろしたモン族の人々。サムコック地区などには、今も彼らの伝統的な寺院や祭りが色濃く残る。

旧暦の祭りでは、蓮の花を仏に捧げ、川に灯籠を流す。**ดอกบัว/dɔ̀ɔk-bua(ドークブア=蓮の花)**を両手に、静かに祈りを捧げる人々の姿——それは、この地が今も「蓮の都」であることの、何よりの証だ。近代化の波に洗われながらも、水と花と信仰の記憶は決して消えない。それが、受け継がれし魂というものだ。

生活——この地で暮らすということ

パトゥムターニーは、若い。大学のキャンパスが広がり、工業団地が雇用を生み、新しい住宅地が次々と生まれる。首都圏の膨張を受け止める『成長のフロンティア』なのだ。

だが、この平坦な水郷には宿命もある。2011年の大洪水では、この地は最も深く水に沈んだ。雨季の水と共に生きるとは、恵みと脅威の両方を受け入れること。だからこそ人々は水路を敬い、水位を読み、逞しく暮らしを立て直してきた。水に生かされ、水と戦う——それがこの地で生きるということなのだ。

旅の心得

パトゥムターニーは、観光地図の主役ではないかもしれない。だが、それでいい。ここには『変わりゆくタイのリアル』がある。黄金の巨大寺院で己の小ささを噛みしめ、遊園地で童心に戻り、水路の蓮に古の記憶を見る。

若く、荒削りで、生命力に満ちたこの地を、ただ通り過ぎるのはあまりに惜しい。蓮の花は、泥の中から咲く。この地の逞しさを、その目に焼き付けていくがいいッ!