コーンケーン

โกโกโกโก…

コーンケーン——イサーンの心臓が脈打つ『絹と化石の都』

ขอนแก่นkhɔ̌ɔn-kɛ̀n

コーンケーン——イサーンの心臓が脈打つ『絹と化石の都』

ゴゴゴゴ……東北タイ、イサーンと呼ばれる広大な赤土の大地。その中央に、一つの巨大な鼓動が響いている。ขอนแก่น/コーンケーン(khɔ̌ɔn-kɛ̀n)——イサーン最大級の都市にして、この地方すべての血が集まり、また流れ出していく『心臓』だ。

かつてこの一帯は、乾いた大地に稲穂が揺れるだけの静かな農村地帯だった。だが今は違う。大学が若き知性を吐き出し、道路と鉄道が四方へ伸び、高層ビルが赤土の地平線を切り裂いている。イサーンの誇りと未来、そのすべてを背負って立つ都市——それがコーンケーンなのだッ!

この地の『魅力』

まず訪れるべきは、湖のほとりにそびえる寺院プラ・マハータート・ケーンナコーン。九層に積み上がった白亜の仏塔は、イサーンの様式とタイの伝統が融合した壮麗な姿。最上階まで登れば、ブンケーンナコーンの湖と、その向こうに広がる都市の全景が一望できる。風が頬を撫で、眼下に赤土の大地が広がる——この高みに立ってこそ、イサーンの『広さ』というものが魂に刻まれる。

そして忘れてはならぬのが、この地が『恐竜の郷』であるという事実だ。コーンケーン一帯からは、太古の恐竜化石が数多く発掘されてきた。県の博物館や近隣の発掘現場では、一億年以上前にこの大地を闊歩した巨大生物たちの骨が、静かに眠っている。稲穂の下に眠る太古の記憶——それがこの地の、途方もない奥行きなのだ。

夜になれば、ナイトマーケット「トンケーン」が湖畔に灯る。屋台の煙、モーラム音楽の重低音、若者たちの笑い声。イサーンの熱が、ここで渦を巻く。ブンケーンナコーンの湖畔を歩けば、夕涼みに集う家族連れ、ジョギングする学生、屋台でビールを傾ける労働者——この街の飾らぬ日常が、水面のきらめきとともに広がっている。

もう一つ、この都市を語る上で欠かせぬのが『交通の要衝』としての宿命だ。バンコクから東北タイを貫く大動脈が、この地で交差する。人も、物も、金も、すべてがコーンケーンを経由して流れていく。ゆえにこの街は、常に新しいものと古いものがぶつかり合う『イサーンの十字路』なのである。

食——胃袋の戦い

コーンケーンの食卓は、イサーン料理の『総本山』である。ここで喰らわずして、東北タイを語ることはできぬッ!

まず立ち向かうべきは、ソムタム。青パパイヤを叩き、唐辛子とライム、魚醤(ナンプラー)、そして塩辛い蟹や発酵魚(プラーラー)を臼で搗き合わせたこの一皿は、辛さと酸味と旨味が三つ巴で舌を襲う『イサーンの魂』だ。汗をかき、涙を流しながら、それでも手が止まらない。これぞ中毒の暴力ッ!

そして忘れてはならぬのがもち米——**ข้าวเหนียว/khâao-nǐao(カオニャオ=もち米)**である。イサーンの民は、この蒸したもち米を小さな竹籠に入れ、指で丸めてあらゆるおかずと共に喰らう。皿もフォークもいらぬ。手が食器であり、もち米が主食にして戦友なのだ。

肉料理の王者はラープ。挽いた肉に香草、炒り米、唐辛子を和えたこの料理は、イサーンの祝祭に欠かせぬ一品。炭火で炙った串焼き「ガイヤーン(焼き鳥)」と、もち米と、ソムタム——この黄金の三点セットを前にしたとき、あなたはイサーンの食の完成形を知るだろう。

そしてこの街の食を語るなら、辛さへの覚悟を問わねばならぬ。イサーン料理の辛さは、時にタイの他地方すら震え上がらせるほどだ。屋台で注文するとき、覚えておくべき一語がある——เผ็ด/phèt(ペット=辛い)。この言葉を口にできれば、店主に辛さの加減を伝えられる。だが真のイサーンの猛者は、加減など求めぬ。汗と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、それでも「アロイ(うまい)」と笑うのだ。それがこの大地の流儀ッ!

文化——受け継がれし魂

コーンケーンの誇り、それは『絹』である。この地方一帯、とりわけチョンナボット地区で織られる絹織物「マットミー」は、タイ全土にその名を轟かせる至宝だ。

マットミーとは、経糸や緯糸をあらかじめ縛って染め分け、緻密な文様を織り出す絣(かすり)の技法。象や寺院、幾何学模様が、一本一本の糸に込められていく。一枚を織り上げるのに、気の遠くなるほどの時間と技が費やされる。機織り機に向かう女性たちの手つきには、何世代にもわたって受け継がれてきた『魂の記憶』が宿っているのだ。ผ้าไหม/phâa-mǎi(パーマイ=絹布)——この一語には、イサーンの女たちの誇りが織り込まれている。

そしてこの地の空気を震わせるのが、モーラムの音楽だ。ケーン(笙に似た竹の笛)の哀愁ある音色に乗せて、イサーン語で人生の喜びと哀しみを歌い上げる伝統芸能。その節回しは、聴く者の胸を締め付け、同時に踊り出したくさせる。イサーンの人々の心そのものが、この音楽には流れている。現代のコーンケーンでは、この伝統がエレクトリックな音と融合し、若者たちを熱狂させる「モーラム・シン」へと進化した。古き魂は死なず、ただ姿を変えて生き続ける——ゴゴゴ、これぞ文化の底力ッ!

年に一度、この街が最も熱く燃えるのが絹祭り(ソンクラーン絹祭り)だ。街道が絹のパレードで埋め尽くされ、女たちは代々受け継いだ最高の一枚を纏って練り歩く。絹と誇りと祈りが一つになる、この地方随一の祝祭である。

生活——この地で暮らすということ

コーンケーンに暮らすとは、『イサーンの誇り』を背負って生きることだ。この地は東北タイの教育・医療・経済の拠点であり、コーンケーン大学には地方中から若者が集う。彼らはここで学び、やがてイサーン全土へ、あるいはバンコクへと羽ばたいていく。

だが、都市の顔の裏には、変わらぬ農村の鼓動がある。乾季には大地がひび割れるほど乾き、雨季には水田が緑に染まる。人々はこの厳しい気候と付き合いながら、もち米を育て、絹を織り、祭りに歌い踊ってきた。イサーンの民は決して裕福ではなかった。多くの者が出稼ぎに出て、遠い地で汗を流してきた。だがその魂は、いつも故郷のもち米とモーラムの調べを恋しがっている。

บ้าน/bâan(バーン=家・故郷)——イサーンの人々にとって、この言葉はただの住居を意味しない。それは魂の帰る場所であり、どれほど遠くへ行こうとも、必ず戻ってくる原点なのだ。旧正月やソンクラーンともなれば、バンコクで働く者たちが一斉に故郷を目指す。長距離バスは満員となり、帰省の波が国道を埋め尽くす。それほどまでに、イサーンの民は『家』への絆を大切にする。都市の顔と農村の心——コーンケーンは、その両方を矛盾なく抱きしめて生きているのだ。

旅の心得

コーンケーンは、派手な観光地ではないかもしれぬ。だが断るッ! ここを素通りするなど、断固として断る。この都市には、イサーンという地方の魂が凝縮されている。

湖畔の仏塔に登り、大地の広さを知れ。ソムタムの辛さに涙し、もち米を指で丸めて喰らえ。絹織物に込められた女たちの祈りに触れ、モーラムの調べに身を委ねよ。そのとき、あなたは初めてイサーンの『心臓』の鼓動を、自らの胸で感じ取るだろう。ゴゴゴ……冒険は、この大地でさらに深くなる。