プラチュワップキーリーカン

โกโกโกโก…

プラチュワップキーリーカン——王が愛した『最も細き大地』

ประจวบคีรีขันธ์prà-jùap-khii-rii-khǎn

プラチュワップキーリーカン——王が愛した『最も細き大地』

タイ湾に沿って南へ下る旅人が、最初にその『細さ』に気づく地がある。ประจวบคีรีขันธ์(prà-jùap-khii-rii-khǎn)——プラチュワップキーリーカン。東にタイ湾、西にミャンマー国境の山脈。その二つに挟まれ、国土がわずか十数キロにまで痩せ細る……ここはタイという国の『くびれ』、最も細き大地なのだッ! 潮風は容赦なく吹き抜け、旅人の背を南へ、南へと押し出していく。

この地の『魅力』——王の渚と三百の峰

北部に横たわるホアヒン。これはただのビーチではない。二十世紀の初め、王族がこの渚に離宮を築いて以来、ここはタイ王室が『避暑』に選び続けた、由緒正しき保養地……。木造の優美な宮殿、タイ最古と呼ばれるゴルフコース、そして何より、ホアヒン駅に残る王室専用の待合室——赤と白に塗られたその小さな楼閣は、この地が『王に愛された』ことの、何よりの証明なのだ。

だが南へ進めば、渚は牙をむく。カオ・サームローイヨート——「三百の峰の山」を意味する国立公園では、石灰岩の峰々が海から鋭く突き上げ、その断崖の腹に巨大な穴が空いている。プラヤーナコーン洞窟。天井が崩れ落ち、天光が一筋、地底へと射し込む……その光の柱のちょうど真下に、かつて王のために建てられた四本柱の東屋が、百年以上、ただ静かに佇んでいるのだ。自然が造りし聖堂に、人が玉座を据える。この『対峙』こそ、この県の隠された魂だろう。ザザ……と足元で干潟が音を立てる。ここでは山を ภูเขา(phuu-kǎo)、洞窟を ถ้ำ(thâm)と呼ぶことを覚えておくといい。

食——胃袋の戦い、黄金の果実

この地の食卓を支配するのは、一つの果実だ。サッパロット สับปะรด(sàp-pà-rót)——パイナップル。プラチュワップはタイ随一のパイナップル生産地であり、丘という丘が、あの棘だらけの葉で埋め尽くされている。太陽をたっぷり浴びた実は、酸味と甘みが拳のようにぶつかり合い、口の中で『爆ぜる』。地元の市場では、皮を剥かれ塩唐辛子を添えて売られ、旅人はその刺激に思わず「甘いッ、そして辛いッ!」と唸ることになる。

海に面したこの県では、当然、魚 ปลา(plaa)も主役だ。ホアヒンやプラーンブリーの漁港には夜明けとともに小舟が帰り、跳ねる魚を積み上げていく。炭火で焼いたイカ、蒸したガザミ、そして南部特有の酸っぱく辛いスープ——旅人の胃袋は、ここで最初の『洗礼』を受けるのだ。まだ序の口だと知らずに。

文化——山上の猿と、受け継がれし信仰

県都プラチュワップの町を見下ろすのは、カオ・チョーンクラチョック。「鏡を貫く山」を意味するこの岩山には、頂の寺へと続く長い石段があり——そこを支配しているのは僧ではなく、無数の野生の猿だッ! 参拝者の帽子を奪い、袋を漁り、我が物顔で欄干を駆ける。だが頂に立てば、眼下にタイ湾と町並みが一望でき、その絶景の前では猿の狼藉さえ許してしまう。信仰と野生が同居する、奇妙で愛おしい聖地なのだ。

町の南、アオ・マナオの静かな入り江は、かつて激しい戦火をくぐり抜けた歴史の地でもある。今は空軍の管理する穏やかな渚となり、白砂に打ち寄せる波だけが、過ぎ去った時を語っている。

生活——この地で暮らすということ

プラチュワップの人々の暮らしは、海と丘の『二重奏』だ。夜明け前に船 เรือ(ruea)を出す漁師、日中はパイナップル畑で汗を流す農夫。ホアヒンには王室ゆかりの上品な空気が流れ、洗練されたカフェやナイトマーケットが並ぶ一方、少し離れれば、時の止まったような漁村が今も息づいている。都会の喧騒に疲れたバンコクの人々が、週末ごとにこの地へ逃げてくる——それが百年前から変わらぬ、この県の『役割』なのだ。

旅の心得

バンコクからは列車が旅情を誘う。木造のホアヒン駅で降り、王室待合室の写真を一枚。ただし王室ゆかりの地では、服装と振る舞いに敬意を——それがこの『王の渚』を歩く者の作法だ。カオ・サームローイヨートへは車が要る。干潮の時刻を調べておけば、干潟を歩いて洞窟へ渡れる。そして市場では迷わずパイナップルを買え。この地の太陽の味を、舌で確かめずに南へ進むなど、あまりに惜しいのだから。