ソンクラー——黄金の人魚が見つめる『湖と海の狭間』
タイ湾沿岸の旅も、いよいよ終盤に差しかかる。สงขลา(sǒng-khlǎa)——ソンクラー。片やタイ最大の湖、片や果てなきタイ湾。その二つの水に挟まれた細い陸に、この古き港町は築かれた。仏教徒とムスリム、タイ人と華人、そしてマレーの血——幾つもの民が波のように押し寄せ、混ざり合い、この地に独特の『味』を醸してきたのだッ! 湖と海の狭間で、ソンクラーは今日も静かに、しかし力強く脈打っている。
この地の『魅力』——人魚と、双子の獣
ソンクラー市のサミラー海岸。白砂の渚に、この県を象徴する一体の像が佇んでいる——黄金の人魚だ。長い髪を海風になびかせ、遥かな水平線を見つめるその姿は、この港町の守り神であり、旅人が必ず一枚の写真を収める場所。人魚が握る漁網には、地元の漁師の暮らしと祈りが託されている。渚をさらに進めば、猫とネズミをかたどった巨大な石像が並び、沖の二つの島——「猫の島」と「ネズミの島」と呼応する。海 ทะเล(thá-lee)を舞台にした民話が、そのまま渚に彫り込まれているのだ。
湖に浮かぶコー・ヨー(ヨー島)は、伝統的な機織りの里。橋で結ばれたこの島からは、タイ最大の湖 ทะเลสาบ(thá-lee-sàap)を一望でき、夕暮れには漁の帰り舟が黒いシルエットとなって水面を滑る。そして忘れてならないのが、ソンクラー旧市街。かつて交易で栄えた華人街には、中華とポルトガルの様式が溶け合った、色鮮やかなシノ・ポルトギース建築の商家が今も軒を連ね、路地は生きた歴史博物館のようだ。
食——胃袋の戦い、海の宝箱
湖と海、二つの水を持つソンクラーの食卓は、まさに『宝箱』だ。とりわけ湖で獲れる海老と魚は絶品で、市場には跳ねる魚 ปลา(plaa)が山と積まれる。炭火で焼いた魚、蒸した蟹、そして名物のカラスミ——湖の魚卵を塩漬けにし天日で干したこの珍味は、噛むほどに旨みが滲み出る。
南部の県だけあって、料理の辛さは筋金入りだ。クワクリンやゲーンソムはもちろん、ムスリム文化の影響で、香辛料の効いたカレーやロティ(薄焼きパン)も日常に溶け込んでいる。仏教と華人とイスラーム、三つの食文化が一つの町で交わる——これほど『豊か』な食卓が、他にあろうか。美味しいと感じたら、迷わず อร่อย(à-rɔ̀i)と口にするといい。
文化——三つの民が織りなす都
ソンクラーの奥座敷とも言えるのが、商都ハートヤイだ。タイ南部最大の商業都市であり、マレーシアやシンガポールからの旅人でいつも賑わう、活気あふれる不夜城。屋台がひしめき、ネオンが瞬き、多言語が飛び交うその喧騒は、ソンクラーが今も『交わりの地』であることの証明だ。一方、旧市街や湖畔には、静かで敬虔な信仰の時間が流れる。喧騒と静寂、その両極を一つの県に抱え込んでいるのが、この地の懐の深さなのだ。
生活——この地で暮らすということ
ソンクラーの人々は、多様であることに慣れている。仏教寺院の鐘とモスクの祈りの声が、同じ空の下で響き合う。華人の商家では旧正月を祝い、ムスリムの家庭ではラマダーンを守る。異なる者たちが、いがみ合うことなく隣人として暮らす——それは決して当たり前ではなく、この港町が幾世代もかけて育んできた『知恵』なのだ。海と湖の恵みで生計を立て、交易で栄え、そして互いを尊重する。ソンクラーの暮らしには、南タイの成熟が宿っている。
旅の心得
ソンクラー市とハートヤイは、車で三、四十分ほど離れており、性格もまるで違う。買い物と食い倒れを求めるならハートヤイへ、静けさと歴史を求めるならソンクラー旧市街へ。サミラー海岸の人魚像は朝夕が美しく、旧市街の街歩きは日が傾いてからが涼しくて心地よい。多文化の地ゆえ、ムスリムの多い区域では服装への配慮を忘れずに。そして海と湖、両方の幸を味わい尽くせ——ここは、二つの水が育てた『宝箱』の県なのだから。
