パッタルン——穴あき山と『湖上の楽園』の隠れ里
華やかな海岸諸県のあいだに、ひっそりと隠れ里のように横たわる県がある。พัทลุง(phát-thá-lung)——パッタルン。海を持たず、巨大な湖の西岸にうずくまるこの地は、旅人の多くが素通りしていく。だが、知る者は知っている——ここには、タイ南部の『魂の源泉』が眠っていることを。派手な観光地ではない。しかしこの静けさの奥にこそ、本物の『気配』が満ちているのだッ!
この地の『魅力』——胸に穴の空いた霊峰
パッタルンの町の背後には、奇妙な山がそびえている。カオ・オークタルー——「胸を貫かれた山」。その名の通り、山頂近くの岩壁に、ぽっかりと空を透かす巨大な穴が空いているのだ。まるで巨人が槍で一突きしたかのようなその姿は、この県の象徴であり、どこから眺めても旅人の目を釘付けにする。地元には、二つの山が恋のために争い、その怒りの一撃がこの穴を穿った、という伝説が残る。山 ภูเขา(phuu-kǎo)が物語を語るのだ。
だがこの県の真の宝は、水辺にある。ターレーノーイ——タイ最大級の淡水湿原。夜明け、朝靄の中を小舟で漕ぎ出せば、水面いっぱいに桃色の蓮 が咲き誇り、その間を無数の水鳥が舞う。そして——水牛だ。首まで水に浸かった水牛の群れが、水草を食みながらゆったりと泳ぐ。朝日に照らされたその光景は、まるで一幅の水墨画。ここでは湖を ทะเลสาบ(thá-lee-sàap)と呼び、この大湿原はソンクラー湖水系の北の果てにあたる。
食——胃袋の戦い、湖の恵みと激辛
湖の県だけあって、淡水魚 ปลา(plaa)の料理が食卓を彩る。干した魚、揚げた魚、そして南部の魂であるゲーンソム(ゲーンルアン)——湖で獲れた魚を、酸っぱく、そして猛烈に辛い黄金のスープで煮込む。その辛さは、初めての旅人を椅子から飛び上がらせるほどだ。「辛いッ! だが、箸が止まらんッ!」
パッタルンは南部でも指折りの米どころでもある。広大な水田が地平線まで広がり、その米で作られた麺料理カノムジーンが、地元の朝を支える。魚のカレー汁をかけ、湿原で採れた瑞々しい生野菜を山と添えて——これが隠れ里の、飾らぬ味だ。辛いは เผ็ด(phèt)、この一語を旅の間、何度つぶやくことになるだろうか。
文化——受け継がれし舞、魂の源流
パッタルンが『南タイの魂の源泉』と呼ばれる理由——それは、この地が二つの偉大な芸能の発祥地だからだ。一つは影絵芝居ナンタルン。そしてもう一つが、ノーラー——きらびやかな衣装と長い付け爪をまとった踊り手が、鳥のようにしなやかに舞う、南部を代表する古典舞踊だ。その起源は数百年前のこの地に遡ると言われ、今も村々で、儀式として、祈りとして受け継がれている。手足を反り返らせ、鳥が羽ばたくように舞うその姿には、人が神と交わろうとする、根源的な祈りが宿っている。隠れ里は、実は南タイ芸能の『母胎』だったのだ。
生活——この地で暮らすということ
パッタルンの人々は、米と魚と、湖とともに生きている。観光で潤う海岸の県々とは違い、ここでは今も、昔ながらの農漁の暮らしが色濃く残る。早朝、湖に舟を出し、日中は田を耕し、夜は縁側で語らう。急がず、飾らず、しかし芯には南部人の誇りと信仰がある。隣県から嫁いできた者が「ここは時間の流れが違う」と漏らすほど、この隠れ里の時は、ゆったりと流れているのだ。
旅の心得
パッタルンは、静けさを愛する者のための県だ。ターレーノーイの湿原は、必ず夜明けに舟を出すこと——蓮が開き、水鳥が舞い、水牛が泳ぐ『黄金の一時間』は、日が高くなれば消えてしまう。カオ・オークタルーの穴あき山は、町のどこからでも見えるが、朝夕の光の中で最も神々しい。そしてもしノーラーの舞や影絵芝居の上演に出会えたなら、それは幸運だ——南タイの魂の源流に、直接触れる機会なのだから。
