メーホンソーン

โกโกโกโก…

メーホンソーン——千八百の曲がり角の先『霧の三日月盆地』

แม่ฮ่องสอนmɛ̂ɛ-hɔ̂ng-sɔ̌ɔn

メーホンソーン——千八百の曲がり角の先『霧の三日月盆地』

チェンマイから車を走らせること数時間。山を登り、谷を下り、千八百を超えるカーブを越えた先に——ようやくその地は姿を現す。แม่ฮ่องสอน/メーホンソーン(mɛ̂ɛ-hɔ̂ng-sɔ̌ɔn)。ミャンマー国境に接する、タイ最果ての秘境である。

一年の大半を霧が覆うこの三日月形の盆地は、「三つの霧の街」とも呼ばれる。山また山、霧また霧。ここへ辿り着くこと自体が、一つの『試練』なのだ。曲がりくねる山道は、旅人の覚悟を問う。だが、その先に待つ静寂は、あらゆる労苦に値する——ゴゴゴゴ、と山々が旅人を迎える。

この地の『魅力』

メーホンソーンの盆地の中心には、静かな湖(ジョンカム池)が横たわり、その畔にビルマ様式の寺院が二つ、寄り添うように立つ。ワット・チョンカムとワット・チョンクラーン。金色の尖塔が水面に映る夜景は、この地の象徴だ。タイでありながら、どこかミャンマーの香りが漂う——それが国境の街ならではの魔法である。

街を見下ろす丘の上には、ワット・プラタート・ドイ・コーンムーがある。ここから見下ろす雲海は絶景中の絶景。朝、盆地一面を霧が埋め尽くし、寺の尖塔だけが雲の上に浮かぶ光景は、まさにこの世のものとは思えない。

そして、この地への玄関口ともいえるのが小さな町パーイ。かつては静かな山あいの村だったが、今や旅人たちが集う癒しの地として知られる。山の中の楽園を求めて、世界中の放浪者がここに流れ着くのだ。

食——胃袋の戦い

国境の地メーホンソーンの食は、タイ北部料理に、シャン(タイ・ヤイ)族やミャンマーの食文化が混じり合った独特のものだ。

この地に住むシャンの人々が伝える麺料理や、豆を発酵させた調味料を使った料理は、他のタイ料理とは一味違う滋味を持つ。国境ならではの、二つの文化が溶け合った味——それは、この地でしか出会えない『混血の美食』だ。

山あいのバーン・ラック・タイという村では、中国雲南から移り住んだ人々が育てる高地栽培の**ชา/chaa(チャー=茶)**が名物。霧に包まれた茶畑で摘まれた茶葉は、驚くほど香り高い。冷えた山の空気の中、熱い茶を一杯すする——それだけで、旅の疲れがほどけていく。もちろん、北部名物のカオソーイもこの地で味わえる。

文化——受け継がれし魂

メーホンソーンは、多様な民族が暮らす『山の交差点』だ。タイ族だけでなく、シャン(タイ・ヤイ)族、カレン族、そして首に真鍮の輪を重ねるカヤン族(いわゆる「首長族」)など、多くの山岳民族がこの地に根を下ろしている。

中でも、シャン族が伝える少年の得度式「ポイ・サーン・ロン」は圧巻だ。極彩色の衣装で着飾った少年たちが、僧侶になるための儀式に臨む。この華麗な祭りには、この地の信仰と誇りが凝縮されている。異なる言葉、異なる衣装、異なる神——それらが、霧深い山の中で共存している。多様性そのものが、この地の魂なのだ。

生活——この地で暮らすということ

メーホンソーンで生きるとは、山と霧とともに生きることだ。険しい地形ゆえに開発は遅れ、タイの県の中でも所得水準は低い部類に入る。だが、それゆえに手つかずの自然と、素朴な人情が色濃く残っている。

雨季には山道が崩れ、乾季には野焼きの煙が盆地に滞留する。決して楽な暮らしではない。だが、山の民は逞しい。棚田を耕し、茶を育て、家畜を飼い、霧の中で静かに日々を紡ぐ。便利さと引き換えに、彼らは何ものにも代えがたい『山の静けさ』を手にしているのだ。

旅の心得

メーホンソーンは、簡単には辿り着かせてくれない。千八百のカーブは、生半可な覚悟の旅人をふるい落とす。だが、その試練を越えた者だけに、この地は本当の顔を見せる。

雲海に浮かぶ寺を見上げ、国境の味に舌鼓を打ち、多様な民の暮らしに触れよ。タイの最果て、霧の三日月盆地——ここには、便利さと引き換えに失われた『本物の静寂』が、今も確かに息づいている。辿り着いた者よ、その静けさを、胸いっぱいに吸い込むがいいッ!